Archives[ 2014年03月11日 ] - かとうまさゆき Kato Masayuki Photo Channel
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閉校「ありがとうのキャンドルナイト」

2014年03月11日 23:50

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<気仙沼女子校で行われたキャンドルナイト>

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 <気仙沼女子校の校舎から見た3本の光の柱>

 3月3日18名の卒業生が巣立ち、45年の歴史に幕を閉じた宮城県気仙沼市の気仙沼女子高で11日、「最後の気仙沼女子校で「ありがとうのキャンドルナイト」が行われました。
 女子高はこの後災害公営住宅となる予定のため、この日は卒業生を始め多くの方が最後のありがとうのキャンドルナイトを見入っていました。
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東日本大震災から3年 14時46分

2014年03月11日 23:30

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 <気仙沼港岸壁で黙祷を捧げる以前の住民たち>

 この日の朝で震災から3年目を迎えた宮城県気仙沼市。
 朝起きると今日は雪。朝起きてから町を一回りして感じたのが、1年目や2年目とは違う朝を感じじました。3年目を迎え、市民の生活が安定し始め、日々の生活が大切になってきたのだという事を感じました。1年目や2年目は多くの人が朝から震災にあったそれぞれの場所にいたのですが、3年目の朝は人がまばらであったことです。今日は平日と言うこともあり、日々の生活が戻り、生活が安定してきたのでそう感じたのかもしれません。
 それでも震災の14時46分近くになると多くの方が黙祷を捧げていました。
 この地に事務所を移転し、永住をはじめもうじき1年が経とうとしています。気仙沼の現状を出来るだけ発信してきましたが、まだまだ復興までの道のりは険しい物があります。しかし、少しづつではありますが前へ踏み出しています。

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共徳丸があった鹿折地区は

2014年03月11日 22:44

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 <2014年3月11日 共徳丸が打ち上げられた鹿折地区>

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 <昨年の共徳丸があった頃の鹿折地区>

 昨年の3月11日、共徳丸周辺には宮城県気仙沼市鹿折地区には多くの報道陣や観光客が詰めかけていました。しかし、昨年秋に共徳丸が解体され、人影はありませんでした。朝から嵩上げの工事の音が響き、ダンプカーの往来は以前より増しています。国道45号線は仮設の道路が造られこの地の嵩上げ工事が急ピッチで行われていました。
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気仙沼はいま・・・

2014年03月11日 16:44

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 <宮城県気仙沼市南町 風邪の広場にあるオブジェ>

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 <取材中の私 被災地はがれきが撤去されただけで、建物はまだまだ建てる状況にはありません>
 
 事務所を宮城県気仙沼市に移転し、もうじき1年が経過しようとしています。ボランティアを通じていろいろな方々とと出会うことがが出来るようになってきました。しかし、一市民として見た状態では、がれきが片付いただけで復興は思ったほど進んでいません。東京はオリンピックで盛り上がっていますが、東北の被災地では建設資材が高騰し、自宅の再建も遅れています。もっと深刻なのは公共事業の入札が不調に終わることが目立ち、復興はを加速したくても遅れるばかりです。
 市民は復興を加速したくても出来ない状況と震災地区は見捨てられたという言葉が随所で聞かれる状態です。役所の職員も一生懸命仕事をこなしていますが、人手不足と入札不調で困っています。
 国会議員の皆さん、もっと被災地を視察して、防潮堤を始め、復興事業の現場や現地の方の意見をもっと吸い上げ、一日でも早い復興をお願いいたします。 
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