Archives[ 2015年08月 ] - かとうまさゆき Kato Masayuki Photo Channel
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秋雨前線北上し、今日も曇りのち雨

2015年08月30日 22:23

20150830_3_美瑛
 <我が旅の友 ベンツのキャンピングカー>

 北海道に入りスカッと晴れる日は無く、毎日のように曇り空が続いています。この時期はいつもであれば毎日晴天が続くのですが、今年は異常で晴天でピー缶のような晴天を見ていません。午後になると雲がわき始め、大雨になったりで、星空の撮影が全く出来ていません。スナップや花の撮影は出来ても、晴天の星空は難しくなってきました。
 そんなときはキャンピングカーの中で原稿の整理をしています。

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富良野はまだ花盛り

2015年08月30日 22:14

20150830_2_富良野
 <フラワーランド かみふらの>



 石狩湾を後にしてから、当別・岩見沢・三笠を経由して富良野に入りました。下見を兼ねて富良野の町をいろいろ回ってきたのですが、6月~8月上旬は花盛りだったのですが、さすがに8月後半はお花畑が少なくなっていました。季節は確実に秋になっていました。
しかし、富良野や美瑛を探すとまだまだお花畑は沢山ありました。さすがに夏休み後半ともなると観光客の姿はめっきり減っていました。それでも綺麗な景色ですね。
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北海道はもう秋の気配

2015年08月30日 21:13

20150830_1_石狩
 <石狩川河口のはまなすの丘公園付近にある灯台>

 昨日は日本海側の石狩湾に沿って北上してきたのですが、石狩湾花火大会で渋滞していたので、石狩湾河口近くにある「番屋の湯」に入りゆっくりと体を休めました。その日の朝ススキと灯台のある「はまなすの丘公園」を散策し、朝日が昇るのを待ちましたが、朝焼けにはなりませんでした。しかし、空はもう秋を感じる雲となり、このススキが原にも赤とんぼが空高く舞っていました。
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下余市に一軒だけ残った運上屋

2015年08月29日 22:21

20150829_1_小樽_運上屋
 <下余市にたった一軒だけ残った運上屋>

20150829_2_小樽_運上屋
 <内部の様子 神棚 奥座敷は松前藩の役人の部屋>

20150829_3_小樽_運上屋
 <釘を使わずに正目の板で五重程に重ね合わせ、石を置いた屋根>

 下余市に残された運上屋は松前藩の役人が和人とアイヌとの交易をするために藩が商人に貸し出した建物です。以前は役人が管理していたのですが、役人は商売が下手なので、収益を上げるために下余市のこの場所を商人に貸し出し(場所請負人)、その売り上げの分け前を松前藩に納めさせていました。その頃、この運上屋を借りる権利をえることが出来るのはかなりの売上げのある商人であった言われています。貸し出した運上屋では役人が和人からはニシンの水揚げ、アイヌからは野菜やクマの毛皮などを買い上げ、台帳に合わせて年に一度換金していました。ここは鰊御殿は異なり、宿泊者の受け入れをしている建物でもあり、2階の宿泊はその日の泊まり客の身分の高い順から奥座敷に宿泊させ、人の出入りのある入り口付近は位の低い人が泊まるなど、宿泊も当時は差別があったそうです。ニシン漁が盛んになるとその換金台帳などから松前藩に160両余りを納めていたといいます。しかし、鰊御殿なとが林立しだしたことや、その後小樽港の開港で交易の中心が変わり、この運上屋も役目を終え、86ヶ所あった運上屋はほとんどが取り壊されていったそうです。小樽に残った運上屋はこの地の一軒のみで、戦後は外地からの引き上げ者の宿泊所になっていった建物を、当時の図面発見と同時に昭和54年に復元され現在に至っています。
 この運上屋には遠山の金さんの父にあたる遠山景晋も松前藩の監査のために、この運上屋に宿泊しています。一階には役人が常駐している部屋もあり、換金した帳簿の整理やお目付役などの部屋があります。役人の上は人が住めないようになっていて、二階はありません。宿泊できる場所は土間などの上にあたる二階であり、役人以外の行商人や旅人たちが宿泊していました。建物は一本も釘を使わずに建てられており、屋根は正目の板を5重ほど重ね合わせ、その上に5キログラム程の石を置いていました。台風でも雨漏りはせず、その屋根の仕組みは二階から見ることが出来ます。その内部は大きな神棚やいろりなどがあり、往時の状況が分かるように復元されているので、一度訪れてみるとよいでしょう。


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神威岬の夕陽

2015年08月28日 23:20

20150828_カムイ岬
 <神威岬から見た夕陽>

 函館を後にして森から黒町内を経て、寿都湾から日本海側を北上。天気は次第に悪くなり、岩内を過ぎる頃から雲行きが怪しくなってきました。そこで神威岬で夕陽を撮影したのですが、日本海に夕陽が涼んでいく姿を捉える事は出来ませんでした。いればいるほど風が強くなり、厚い雲に覆われていきました。その時一瞬だけ雲間から夕陽が少しだけ顔を出してくれました。
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函館から取材開始

2015年08月27日 23:08

20150826_1_函館
 <函館で見つけたマンホールの蓋>

20150826_2_函館
 <函館市電の車庫に入る回送された市電>

 いよいよ函館から取材開始。今回はレンズの作例を撮影するために北海道入りしました。東北地方は秋雨前線の影響で晴れの日が望めないので、キャンピングカーで北海道入りしました。気仙沼を出発し、青森港から函館港にフェリーで渡り、函館に入りました。函館駅裏の海鮮市場にキャンピングカーを駐車し、市電で町を散策してみました。そこで見つけたのがまたまたマンホールの蓋です。色つきの蓋とあって、ついつい撮影してしまいました。こんどは市電に乗り、窓の外を見つめていると市電の車庫があったので、そこで下車。熊の顔をした市電が車庫にはいるために道路を横断する姿を撮影してみました。



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気仙沼市市場でサンマの初水揚げ

2015年08月24日 09:40

20150824_1_第3太喜丸
 <今年のサンマの初水揚げ>

20150824_2_第3太喜丸
 <銀色の輝く初水揚げされたサンマ。口先の下顎が黄色いものが鮮度のよいサンマです>

 今朝方、気仙沼市市場でサンマの初水揚げが行われました。初水揚げしたのは大型サンマ棒受け網漁船で、長崎県雲仙市の第3太喜丸(漁労長 井上太喜)が午前6時に初水揚げしました。昨年に引き続き、今年も1番線の井上漁労長は17日の出船送りで皆さんから「気仙沼に一番で水揚げして欲しい」との声援があったので今日入港しましたと熱く語ってくれました。漁場はロシア海域に入った2時間ほどの海域で、北海道花咲港東南東沖で20日と21日の夜2回操業し、38時間かけて直接気仙沼に入港したとのことです。水揚げの後、歓迎セレモニーが行われました。
 気仙沼は今が旬の戻りガツオとこれから始まる秋の味覚サンマが一緒に食卓に並ぶ時期となりました。

20150824_4_第3太喜丸
 <県内初のサンマの水揚げとあって多くの報道陣が見守る中、サンマの初水揚げをする第3太喜丸>

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 <「気仙沼を本州一のサンマ水揚げに貢献したい」と祝辞の後、市長から花束を受け取る井上漁労長>
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大型サンマ漁船一斉出漁出船送り

2015年08月17日 14:16

20150817_1_サンマ漁船一斉出漁
<大型サンマ漁船一斉出漁出船送り>

20150817_2_サンマ漁船一斉出漁
 <気仙沼つばき会のみなさん>

 本日、気仙沼市民により大型サンマ漁船一斉出漁出船の見送りが気仙沼市市場南側桟橋で行われました。この「出船送り」とう行事は今年で6年目を迎え、出漁する船を乗組員の家族や友人、船主、関係者が航海の安全と大漁を願って岸壁から見送るものです。「出船送り」は、気仙沼の女将さんが結成した「気仙沼つばき会」のみなさんの取り組みで、年々見送りに参加する市民の方たちが増えています。鮪立大漁唄込保存会による唄い上げ及び太鼓打ちばやしのオープニングに始まり、大城バネサさんの演歌が披露され、サンマ漁船の漁労長の挨拶が終わると、第1恵比寿丸(富山県魚津市)を先頭に北海道釧路港に向けて出漁していきました。気仙沼で新造された長崎市雲仙市のサンマ棒引受網漁船第5太喜丸は艤装を完了し、この日初めて気仙市民にお披露目され、お餅を振る舞って新造船のお祝いをしました。漁師の皆さん8月20日からのサンマ漁がんばってください。そして、今年もサンマ漁本州一を目指して、気仙沼へ水揚げをしてください。いってらしゃーい。

20150817_3_サンマ漁船一斉出漁
 <コの字突堤からもサンマ船が出漁>

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 <気仙沼で新造されたサンマ棒引受網漁船第5太喜丸の初出漁>
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気仙沼生まれの新造船 第5太喜丸初出漁へ

2015年08月16日 22:30

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 <7月11日に気仙沼で進水式を上げて、今回初出漁となる第5太喜丸>

20150816_1_第3太喜丸
 <長崎県雲仙市のマル井水産有限会社所属の同僚船 第3太喜丸>

 今年は8月20日にサンマ漁が解禁になるために、8月17日に北海道釧路港に向けて大型サンマ船が一斉に気仙沼市市場南側桟橋とコの字突堤から出漁します。いよいよ明日に迫った大型のサンマ船は夜遅くまで準備に追われていました。特に7月11日に気仙沼市の(株)吉田造船鉄工所(社長 吉田慶吾)で、長崎県雲仙市のマル井水産有限会社(代表取締役 井上幸則宣)所有するサンマ棒引受網漁船第5太喜丸(199t)が進水し、艤装を施し、今回初航海で釧路港へと出漁していきます。今回は同僚の第3太喜丸と共にいざ出陣です。出漁前夜の双方の雄姿を見てください。
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ギターマンライブ in 気仙沼

2015年08月10日 23:17

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 <気仙沼サイコ~といきなり叫ぶ うじきつよしさん>

 2年続きでギターマンライブが気仙沼で行われました。ライブ会場となったさくらボウルでは会場が足の踏み場がないほどの観客で埋め尽くされました。午後7時ギター・大槻啓之、ベース・伊藤広規、ドラム・大井大二、キーボード・西脇辰弥、ボーカル・うじきつよし、MISUMI、浦田健志さんの七名によるスペシャルライブが始まりました。開演はイーグルスのホテルカルフォルニアで、いきなり会場が歓声に包まれました。この豪華メンバーを数メートルの位置から無料で聞けるライブなど何処にもなく、観客は二時間のス-パープレイに堪能していました。今回はうじきつよしさんの要望もあり、観客との距離の近いさくらボウルでの開催となりました。気仙沼からのゲストは歌手の尾形和正さんで、ピアニストの岡本優子さんも応援に駆けつけてくれました。ことしも五人の方へのギターのプレゼントもあり、将来のギターリストの夢もつないでいました。
 豪華メンバーの一夜限りのス-パープレイを堪能出来たのもボランティアスタッフのお陰です。ボランティアスタッフの皆さんお疲れ様でした。

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 <ギターをプレゼントされた5人とギターマンの記念撮影>

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 <鎮魂歌を歌う 尾形和正さん>

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 <ピアニストの岡本優子さん>
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